広告 考察記事

「メイヘムは押せるのにランクは押せない理由|スイッチングコストで考える」

LoLを起動して、とりあえずメイヘムをする。

あまりに手軽である。何も考えずにできる。

クライアントを開く。ボタンを押す。マッチングする。始まった試合でジャイアントベルトとルビークリスタルを買い、《心の鋼》を積み(相手にヴェインがいるにもかかわらず)、カコーンと高らかに響かせる。

その流れには迷いがない。

エスカレーターにちょこんと乗るようなものだ。最初の一歩さえ済めば、あとは勝手に運ばれていく。

私はそういう人間を見ると、少し心配になる。

「大丈夫か、お前」と。

もちろん、本当に心配しているわけではない。メイヘムをすること自体に倫理上の問題はない。私もかなりの頻度で、シームレスに始めてしまう。

ただ、あまりに単純な行為を、あまりに抵抗なくやっている姿には、少しだけ芋臭さがある。

悪役令嬢のオシャレバトル風に言えば、知能が低く見える。実際の知能とは関係がない。重要なのは、行為の前に一瞬だけ手が止まるかどうかである。

誰も疑わないことを、少しだけ疑う。

誰もが押すボタンの前で、ほんの少し考える。

懐疑。それが哲学者の姿勢であり、おしゃれというものだ。

だが、逆もまたおしゃれである。

難しいこと、困難なことこそシームレスに。

涼しげに、なんかすごいことをする。漫画の強キャラが強キャラである条件の一つだ。

メイヘムに迷わず行く人間は、空間と一体化しており、彼にとってあらゆる物質は原子の塊にすぎない。

問題は、私たちが本当に始めたいことに対しては、そうなれないことである。

この記事でわかること

  • ・メイヘムとランク戦で「始めやすさ」が違う理由
  • ・初心者でもメイヘムやランクに抵抗なく入れるようになる具体的な手順
  • ・「始められない」という感覚は記事執筆など他の場面にも同じ構造で起きること

この記事はパッチ26.17の時に執筆されました。

メイヘムは押せるのに、ランクは押せない理由

多くのプレイヤーはメイヘムのマッチングを押すことに何の抵抗もない。

一方でランク戦のマッチングを押すには、心のどこかで一瞬の抵抗が生まれる。

この差は根性や実力の差ではなく、働いている力の種類が違うだけである。

もちろん逆の人もいるし、手練れのプレイヤーならどちらのモードでも抵抗を感じない。

スイッチングコストと現状維持バイアスの違い

経済学には「現状維持バイアス」という概念がある。

人間はすでに選んでいるものを、理由なく維持しようとする傾向を持つ、というものだ。

ダイヤモンド帯以上のプレイヤーにとって、メイヘムはすでに「いつもの延長」であり、切り替えるものが何もない。

だからボタンを押すことそのものが現状維持になる。

一方、エメラルド帯以下のプレイヤーにとって、メイヘムはまだ新しい行為である。

ここで働いているのは現状維持バイアスではなく、「今までやったことのないモードへ切り替えるコスト」、いわゆるスイッチングコストである。

ダイヤモンド帯とエメラルド帯以下で起きていることの違い

同じ「迷いなく押せるかどうか」でも、上位帯は慣性で押し、下位帯は慣性を破って押している。

ランク戦が始められないのは実力不足のサインではなく、単にスイッチングコストがまだ高いままである、というだけの話だ。

メイヘム初心者がメイヘムを迷わず押せるようになる手順

スイッチングコストを下げるには、いきなり一人でランク戦に潜るのではなく、まずメイヘムで慣れる段階を挟むのが近道だ。

以下の手順を踏めば、抵抗なくキューを押せるようになる。

1と2 軽い知り合いくらいじゃダメだ。
それは悲惨なことになりがちで、私は何人も見てきた。

3と4 「できないヤツは人間じゃない」
これがLoLの世界である。

5 単純に硬いので、受けてはいけないスキルが少なく、チャンピオンのスキルや集団戦の雰囲気を味わいやすい。

一般的なプレイヤーがサモナーズリフトで負けるのは、戦闘が下手だからだ。
操作というのもあるが、まずは全チャンピオンのスキルを覚える必要がある。

LoL初心者がランクを迷わず押せるようになる手順

これは社会学的な発想である。

インターネットをしていて、5年目くらいに気づいたことがある。

対人関係に酷くひどく臆病な人は、自分の名前を出さない。

例えばLoLならば、「ポッピー1」みたいな名前を使う。

大半の人間はLoLはヘタクソなクセに、悪役令嬢バトルは上手なので、こういう人間を一瞬で見抜く。

「コイツはロクでもないヤツなんだな」と。

本当にコミュニケーション能力が0の人間じゃなければ、「ポッピー1」や「戦国武将みたいな名前」の時点でまともに扱われるわけがないことを知っている。

なのでまともな名前を付けないというのは、心理的安全性を確保できる、かなり賢い方法なのだと学んだ。

初心者にはするべき振る舞いが何もわからないのだから、インターネット特有の最強戦術だ。

内部リンク的に読まれない記事ではあるものの、好評な記事である。

ムカつく味方がいたら殴り、飽きたらプレイしたフリをしてやり過ごす。
「そういうことをしてもいい」と思えるだけで、全然負担や発揮できる集中力が違う。

応用|「始められない」は記事執筆にも同じ構造が当てはまる

この「始められない」という感覚は、ランク戦だけの話ではないはずだ。

私の記事執筆にも、簡単に応用してみた場合、次のようになる。

記事執筆で書き始めやすくなる手順

特にこの記事で詳しく書くつもりはない。

終わりに

この記事自体、書き始めるまでに妙な抵抗があった。

メイヘムのボタンなら何百回と押してきたのに、「スイッチングコストについて書く」という一文を最初に置くまでに、いつもより長く手が止まった。皮肉なものだ。

おそらく理由は単純で、記事執筆というモード自体が、私にとってまだ「いつもの延長」になりきっていないからだろう。

ランクをためらう新規プレイヤーと、執筆をためらう自分は、構造的にはまったく同じ立場にいる。

「ランクに行くのが怖いです」

なんていう初心者には気持ちよく説教するクセにだ。

だとすれば対策も同じアプローチで、最初から距離を開けておき、スイッチングコストを発生させない。

危機的状況ではないものの、「説話・茹でガエル」と似ている。

※ もちろん、実際にそんなことは起こり得ないそうだ。

まずワンセンテンスだけを記録しておく。

その後音声で入力し、構成を作る。

その後に文章を最初から書き(ここから普通の執筆)、最後に整える。

懐疑は哲学者の姿勢で、知的でカッコいいが、
それをいつまでも保っていては始まらない。

あまりカッコつけず、
楽観的に外部に働きかける。

人間そういう動きが良いのだろう。

戦術の、その先へ

「LoLが上手くならないのは、操作技術以前に、このゲームへの“向き合い方”の問題ではないか?」一度でもそう疑ったことがあるなら。

その“向き合い方”を、社会学・心理学・行動経済学で解きほぐすのがこのニュースレター。週1の長文を、北川楓が書いている。

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